あなたは、お子さんを“どう”育てたいですか?

まずは、見出しのこの問いを、しばしのあいだ考えてみてください。浮かんだ答えに対して、「なぜ?」という問いを入れて、新たな答えを出す・・・この作業を、別の答えがこれ以上浮かばなくなるまで続けてみてください。

これを素直に続けていくと、最終的にはみなさん同じ答えに辿りつくはずです。

「子どもが幸せに生きられる」


子育ての“あたりまえ”を、実現する自信がありますか?

道徳の話ですか?そんな分かりきったことを聞いて、何が言いたいのですか?

そう思われたかもしれません。あるいは、きれい事ではなく、実践で役に立つ育児の知識を学びたいのに!と感じたかもしれません。

冒頭の問いは、あまりにも“あたりまえ”過ぎて意味のない問いかもしれません。それでも、この “あたりまえ”を、最初に確認しておきたかったのです。なぜなら、現代の子育ては、この“あたりまえ”さえ、実現できていないからです。


知らないあいだに毒親になってしまう現代の子育て

スーザン・フォワードの「毒になる親」が、日本で刊行されたのが2001年のことです。以降、“毒親”という言葉が一般に使われるようになりました。当初は、「虐待まがいの過干渉をする一部の極端な親」のことを指していました。しかし近年では、「愛情をもって子どもを不幸にする親」と言う広い意味合いで使われ、決して珍しくはないものと扱われています。

誰しもが“毒親”になってしまう可能性を秘めた時代・・・そう言えるのかもしれません。親が悪いとか、育て方が悪いとか言う前に、そうなってしまいやすい時代背景が、確実に存在していることを知っておく必要があります。つまり、誰にでも起こり得ることになっているのです。


非認知能力という親としてのピュアな願い

こんどは、「子どもが幸せに生きられる」というさきほどの答えを起点にして、逆の問答をしてみましょう。この親としてのピュアな願いを実現するためには、何が必要ですか?

  • やさしさ・思いやりを育てる
  • 人とうまくやっていけるコミュニケーション力を身につける
  • 充分に稼げるだけの知的能力を身につける
  • 興味をもったことを深堀りして、そこから楽しみを見出せる知的好奇心を育てる
  • 目の前で起こっていることを、見通し認識できる洞察力を身につける

ここら辺の能力が身についていれば、その子は、幸せに生きられるのではないでしょうか。教育学の分野では、こうした「人が幸せに生きるために必要な一連の能力」を「非認知能力」と呼び、教育に限らず、保育や子育てにおいても注目を集めています。

ちなみに、この非認知能力の対局概念は、認知能力です。IQや偏差値、テストの点、通知表といった点数化できる能力のことです。これまでの日本の教育が中心に置いてきたものであり、今でも根強く信奉されています。

しかし世界を見渡せば、教育において重視されるのは「いかにして高い非認知能力を身につけるか」であり、その中心は幼児教育にあるということがわかっており、エビデンスベースで証明されています。


親は覚悟を持たないと、“あたりまえ”を実現できない

わたしたちが、この「アタッチメント・アカデミア」で目指しているのも、「豊かな非認知能力を育てる子育てにほかなりません。

この非認知能力の育ちのカギを握るのが幼児教育であり、さらにそれを具体的な子育てや保育・教育に落としこむのがアタッチメント理論ということになります。

育児における“本当のあたりまえ”は、親みずからが学び取らなければ手に入りません。そういう時代になってしまっています。いまや知識なしに育児をすることは、船もコンパスもなく、闇雲に泳いで大海を渡ろうとするのと同じなのです。

しかし厄介なことに、まわりの親たちは、学ぶどころか、何の疑いもなく昔からの価値観を信じて、みんなと同じ方向へと進んでゆきます。習いごとや塾、お受験にみんながそろって向かってゆきます。みんなと同じなので安心です。同時に同じだからこその競争意識が働き、ストレスも生じます。

一方、“学ぶ親”は、同じ流れに乗らないので孤立します。それは、とても不安です。しかも非認知能力は、点数でみえるわけではないし、すぐに成果が見えてくるものでもありません。その覚悟を持たないことには、“本当のあたりまえ”は実現できません。


子育てを本気で学ぶ親が集う場所 アタッチメント・アカデミア

だから、このアタッチメント・アカデミアには、学ぶ知見(カリキュラム)だけでなく、同じ方向を向いた「学ぶ親」同士が集うことに重きを置いています。どんな親とつきあうのかが、重要なのです。

世界の趨勢から見ても、非認知能力を育てる子育てが、将来有利なのは間違いありません。さらに、100年前から続く心理学の教えにおいても、人の幸せを左右するのは、非認知能力であることは、揺らぎようのない事実です。

必要なのは、子育てを本気で学ぶ親の志と、となりと同じ子育てをする必要はないと割り切る覚悟だけです。子育ての“あたりまえ”を学びましょう。ここは、それを学ぶ場です。そして、学ぶ親が集うコミュニティでもあります。あとは、一歩を踏み出すだけです。

ようこそ!アタッチメント・アカデミアへ


一般社団法人日本アタッチメント育児協会 理事長
アタッチメント・アカデミア 学長
廣島 大三



アタッチメント・アカデミアは、「大人の学校」です。


社会人になって、家族が出来て、親になった。そうなってはじめて生じる子育ての悩みや教育の問題があります。子どもに何をしてあげるのが正解なのかわからず、それでも“なにか”をし続けていると、親としての子どもへの期待や欲望が生じてきます。

そんなとき多くの人は、“わかりやすい何か”に飛びつきます。一方で、思いを実現するために、知的好奇心が湧いて「学ぼう!」と思う人たちもいます。「大人の学校」は、後者の人たちが、いつでも学びに来られる場所です。

子育ても保育も教育も、

このままでいいとは思えない

なにか子どものためにできることがあるはず

いま出来るその“何か”を、“ちゃんと”学びたい!

子どもを“ちゃんと”育てたい、導きたい

子育てで、教育で、後悔はしたくない

学んだら、一皮むけた自分が実践する。いままで見えなかった世界が見えてくる。それでも、また困難や問題が降りかかるでしょう。

必要になったら、いつでも学びに帰ってきてください。そして、充分だと思ったら、またもどって実践してください。

心が折れそうになったら、ここに帰ってきてください。心が満タンになるまで、話をしてください。

ここは、子育てに、保育に、教育にたずさわっている限り、入学も卒業もありません。




いまの子育ては、このままでいいのか?

『“子どもがちゃんと育つ”という“あたりまえ”は、案外難しいことなのではないだろうか?』

そんなふうに感じ始めたのは、わたし自身が親になったころ、もう20年以上前のことです。

いまや、この疑問は確信に変わっています。

子どもが生まれたら、親は親になり、子どもは育つ…。

なにもしないで、この“あたりまえ”が機能することは、もはやありません。

どう接すればいいのか、どう声掛けすればいいのか・・・


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「アタッチメントと発達心理学」から子育てと保育を学ぶ「大人の学校」

“子育て”は、もはや当たり前の営みではなくなってしまいました。いまや、子どもが生まれたら黙っていても親になり子どもは育つ、ということはありません。わが子のことを十分に愛していても、愛情のかけ方を間違えれば、子どもは“ちゃんと”育ちません。それが、現実です。

親子関係の断絶、愛着障害、引きこもり、思春期うつ病、反社会的行動…


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子育てが、多くの悩みとストレスを生む現代

「子育て」はもともと、自然で当たり前の営みでした。しかし今や、子育ては多くの悩みとストレスを生んでいます。“いつのころから”、“なぜ”、そのようなことになってしまったのでしょうか?

その答えは、子育てが「教育」に置き換わるようになったことと、深く関係しています。親の関心事は、“子どもがどう育つか”から、“子どもにどんな教育を与え、どれだけ多く人生のアドバンテージを持たせられるか”に変わりました。


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校章が伝えるメッセージ

開いた本は知識と学びの象徴。ピンクのチューリップの親子、花言葉はアタッチメント。それを見守る支援者のチューリップ。校章は、そうした子育て支援のあり方を表現しています。

アタッチメントにおける、“安全な避難所”と“安心の基地”は、子どもが使用しなくなっても、ずっとそこにある。そのことが重要です。アタッチメント・アカデミアは、そんな場所でありつづけます。